親指シフトの練習を始めて2ヶ月以上が経過しました。 毎日の練習は今日まで欠かしていませんが、「習得したか?」と言われると、どうなんだろう…何をもって「習得した」と見做すかにもよりますが、まあまだそこそこ間違いますしね(笑)。でも、一度陥りそうになった「罠」に気付いたので、それ以降は注意しながら練習しています。

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陥りそうになった「罠」

前回の記事を書いたあたりで、正直言って「もうすぐ習得できるかも」みたいに調子に乗ってしまいました。そこで、もっとすらすらと打てるようになりたいと、入力の「速さ」を求めるようになりました。 実はそれこそが「罠」でした。 速さを求めると、当然入力ミスが発生します。習得しきれてないんだから。しかし、自分ではもう習得できた気になっているので、ミスとその訂正も含めて速さでしょみたいな、半ば強引な気持ちで速さを追い求める。そして入力精度の低い状態がさらに悪化する…この悪循環で、一時期ミスが極端に増えてしまいました。速さを抑えて(いるつもりで)も、正確な入力さえできなくなる。ちょっとしたスランプ状態でした。

習熟=速さ、ではない

そんなとき、親指シフトのFacebookグループ内で、速さを求めるより正確さを求める方が近道だという発言を目にして、ハッとしました。 これは何に対しても言えることですが、ある技術に熟練した人は、確かに作業のスピードが速いですが、それは決してそのスピードを求めて訓練したのではないということ。 スピードではなく、正確性、要求されるものが常にミスなくできることを求めて、技術を向上させていく。そしてその技術に習熟して、それをすることがその人にとって特別なものではなくなったら、スピードはその後についてくる。子供の頃は靴下を履くのにも時間がかかっていたけど、今では何も考えなくてもすぐに履けるのと同じように、技術自体に気を回す必要がなくなって、ある意味ルーチンワーク化すれば、あとは経験が速さを連れてきてくれる。 習熟=速さではなくて、速さは正確性を手に入れた後のご褒美のようなものなんだ。 それに気付いてからは、とにかく正確性を求めることを心がけています。それでも今でもたまに調子に乗ってしまうときがありますが、すぐに我に返ってミスを無くすように意識しています。

道はどこまでも続く

IMG_1919 ちょっと遠回りをしてしまいましたが、一時期のスランプにめげずに毎日こつこつと練習に勤しんでいます。今になってもまだ入力作業開始前に少し身構えてしまうところがあるので、まだまだなんだろうと思います。これがもっと自分にとって当たり前のことになれば(その時にはそれすら意識しないでしょうが)、その頃にはようやくスピードもあがってくるのではないでしょうか。 残念ながらその4で最終回とはなりませんでしたが、大きな気付きを得られて良かったような気がします。そういえば、職場と自宅での若干の環境の違いが入力のパフォーマンスに影響を与えているかもしれないと思ったので、記事にできるほどのリソースが集まったら次回にでも書こうかと思っています。期待しないで(笑)お待ちください。  

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